記録に残すなら楽しいことを残した方がいいんじゃないの

2024年2月27日

⚠この記事には人の死のおはなしが含まれています。
念のため20行くらい改行してから本文が出てきますが、センシティブな内容に触れたくない方はブラウザバックをお願い致します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2月19日の深夜、母が癌のため亡くなった。

2月18日の夜、それまで少しの水とゼリーしか口にしていなかったのが、
「お好み焼きが食べたい」と言い出して、ひとくちだけ飲み込んだらしい。

次の日は容態が急変して、前日まで自力で行けていたトイレも行けず、飲み食いすることもなく、家に帰ったら先生が診察していて、大麻の含まれた湿布を貼って帰ったようだった。

時間が経つごとに呼吸が荒々しいものから虫の息に変わり、やっとの思いで口から呼吸をしているような状態になり、
ナースさんからは「今日が最期かもしれないから、また呼吸が止まったら教えてください」と言われ、
最期は家族に看取られながら息を引き取る という形だった。

最期の日は、母が話している姿は見なかった。

死亡時刻が告げられて、「これが一般家庭にあるとまずいから」と例の湿布を確実に先生に渡したことを確認して、
葬儀屋さんに連絡してドライアイスを持ってきてもらった。

深夜なのに大忙しで、寝たのは3時を超えていた。
次の日よく仕事に行けたと思う(※本当なら忌引ですが、諸事情で上司さんにわがままを聞いてもらって出勤した形)。

で、だ。

母は生前、ブログをつけていたことが死後に分かった。
そのブログを、時間に暇があるときにちょいちょい見てみている。

このブログは、ROM専したいからアカウントを作って欲しいと頼まれたアカウントから発信されていたようで、
正に作ってくれと言われた後から記事が普通に書かれていた。
嘘つきめ!wと笑ったのをよく覚えている。

末期の人にありがちな闘病ブログで、内容は殆どが癌の記録、通院の記録、◯◯までは生きたい系の内容なのだが、
なぜか一部だけ、「◯◯の番組の✕✕というキャスターが嫌いだ!」みたいな内容の記事が含まれている。

本人がいないので確認のしようがないが、どういう思いでこの記事を綴り公開に至ったのだろう…と思う。

病気で余裕がなかったからストレスの捌け口にしてたのかもしれないけど、
遺された側としては、何をしたのが嬉しかったとか、そういう内容だけであってほしかったなぁと思ってしまった。

闘病していた割にそれなりの数があるため、まだ読了には至ってないけれど、
とても大っぴらにできるようなブログでもないため、リンクは貼らないようにさせていただきます。

なるべく反面教師にして自分のブログを綴っていきたい と思った次第。
そんなこと言ってるのにこんな内容書いてるけどな!(いつものことです)

今回はシリアス98%くらいでゴメンネ。