⚠この記事は人の死に関するおはなしを含んでいます。
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先月、母が亡くなった話は既にこのブログにも遺してあるけれど、あの日からずっと、夜目を閉じるとあの日の光景が蘇る。
苦しそうに唸る母。
肩で息をして、もう意識もないのにそれでも呼吸し続けた母。
亡くなる20分前まで、徐々に冷えつつあったけど、それでも普通に体温があった母。
最期まで、迷惑をかけまいと、生きようとしたのだろう。
人間の執念でここまで成せるのか。
胃癌と肝臓癌両方専門の医者にさじを投げられて、大腸は大昔に全摘済みで、その状態で亡くなる当日まで自力歩行と自発呼吸ができるものなのか。
あなたの母は凄い。もっと誇るべき。
きっと誰もがそう言うのだろう。
そうじゃない。
その光景が毎夜毎夜蘇ってくるし、誰かの訃報が重なる度に母のことがチラつくし、
息抜きに出かけた大阪では、細身の友人を見て息が詰まってしまった。
他人は幸せであってほしいという想いより、楽しそうにしててムカつくと思うようになってしまった。
本当は楽しい思い出を綴るために設けたはずの場所に、醜いそれらを出さないために閉じこもって呪詛を吐くことしかできなくて。
何がしたいのか分からなくなってきた。
何もしたくないのかもしれない。
何もしない方がいいのかもしれない。