もしかすると健常者の皆様もそうなのかもしれないが、ぼくは虐待育ちという環境で育ってきた異常存在なので敢えて異常存在に限定した言い方をさせていただくことをお許しいただきたい。
ぼくたち虐待サバイバーにとって一番怖いことは”自らが大切にしたいと思ったものが壊れていってしまうこと”だと勝手に思っている。
それは物や者を問わず、自らが関わるものが自分が理由で壊れていっている(ここでの壊れるとは理想から離れる、あるいは狂っていくことを指す)ことを観測すると絶望に囚われてその場からいなくなりたいと思うようになる。
これが日々抱える死にたいや消えたいの根底で、じゃあそれはどこから来たかって、幼少期に得てした自分は家族を救えなかった経験であり、失敗や挫折を繰り返す度にそのトラウマが呼び起こされては勝手に死にたくなる、ハードモードな人生を生きているのがぼくたち異常存在こと虐待サバイバーだと勝手に思っている。
最近知り合ったネットの人に、虐待サバイバー出身で人の親になったとてもすごい人がいる。
その人は現在メンタルブレイクを起こしてしまっているのだけれど、また家族と向き合えるように通院を再開して己と向き合っているようだった。
ぼくの親は両親ともに虐待育ちで、どちらも精神科にかかることはなかった。
なので自分たちの受けてきた幼少期の躾(という名の虐待)が正しい躾だと思っていて、ぼくの身にもそれは降り掛かってきた形で、これはいわゆる虐待の連鎖とも呼ばれている。
トラウマを昇華できないとこうなるんだろうなという反面教師として両親のことは見ているフシはあるのだが、その知り合った人は通院してトラウマを克服して結婚してもなおトラウマに苦しんでいる現状を見るに、やっぱ病院に通っても通わなくても変わらないんじゃね?と思うわけで。
ぼくが病院に通い始めたのは去年の話で、その時病院に通うのを勧めた人に「自分と向き合わないで死にたい気持ちがなくなるわけないっしょ」と言われたけど、思えば虐待育ちじゃない人に言われても説得力なかったね……。
し、病院に通わずとも「やっぱうち変だよな?」と思って虐待のアレコレを調べてそれなりに過去と向き合って割り切ってきた身としては、人と関わらないのが一番世のため人のため自分のためになるんじゃね?という結論から揺らがないわけで。
だって嫌じゃんね。自分が大切にしたいと思うものを化け物の部分が全部ぶち壊していくんだから。
どれだけ過去と向き合って割り切って昇華したつもりでも、思い出した途端に全部ぶち壊すわけよ。
正気に戻った時には大切にしたいと思ったものをその手で壊したあとでさ。
みんなどれだけ笑って「いいよいいよ大丈夫だよ」って言ってくれても、それは過去の自分と重なるわけ。
すべてをぶち壊して謝りもしない親に「いいよいいよ大丈夫だよ、平気だよ」って笑っていた自分と重なるわけ。
痛くないわけがないし、悲しくないわけがない。
それが積もり積もって壊れたのが自分なので。
その痛みを知っているので。
だから死にたい、消えたいが蘇ってくるわけで。
克服したつもりでも、先駆者がその苦しみから開放されているわけではないと知ってしまったら、頑張ることそのものは応援しても自分はこのままひっそり消えちゃおうと思う支えが増えただけ。
ヒトの本来あるであろう営みというものは君たち健常者に委ねたよ。
悲しい哀しい化け物は早く死にてえなぁ、ガハハ。
二次元ってそういうしがらみがないから良いよねーーーーーーー!!!!!