死ぬべき人間

2024年6月23日

虐待されながら育ってきたことを今更言い訳にするつもりはない。

むしろ、これを根拠に自分は死んだ方がましだと思っている。

生きている価値がない。

生きていても、関わる他人を不幸に貶めることしかできない。

蘇ってくる過去のトラウマに挟まれて、死にたいと死ぬべきの狭間でなんとかごまかしながら生きて、
生き延びたその先で待っていたのは、己は人に加害するという事実だった。

 

我々虐待サバイバーにとって、他人に嫌な思いをさせる=許されざる罪を犯すという認知に他ならない。

親を不快にさせることは、我々の命に関わることだった。だからそれを犯してはいけない過ちだと思いこんで、地雷を踏まないように生きてきた。

それが、今や他人と関わるときにも発揮されてしまう。

不快にさせたら嫌われて捨てられる。

反応がないのは自分が不快にさせたから。

こんな自分に価値はない。

今すぐ死ぬべき。

対人関係はずっとこれの繰り返し。

こんなことに頭を使うのも疲れた。

もう何も考えたくない。

薬が効かない。

死にたい。